■報告会&お別れ会「さようなら、ソコニーハウス」開催(06.11.25更新)
11月12日(日)午後6時から横浜市開港記念会館1号室において、「救う会」としては最後になる報告会&お別れ会「さようなら、ソコニーハウス」を開催し、参加者とともに解体されたソコニーハウスを追悼しました。
報告会&お別れ会では、代表挨拶に続き、対談が行われました。解体前に横浜市教育委員会によって行われた調査に参加された横浜国立大学大学院教授の吉田鋼市氏と関東学院大学教授の水沼淑子氏に公表された調査報告にもとづき、「旧本牧スタンダード石油社宅とは何だったのか」というテーマで建物の実際や価値について語り合っていただきました。
対談では、10年ほど前に建物を調査された経験をもつ吉田先生が「当時も横浜市は建物の保存を検討したが、立ち消えになった。レーモンドの作品は何とかしなければと言いながら、次々に無くなっている」と口火を切られ、水沼先生が「今回の場合は戦後の建築であることが、大きなネックであった。日本建築学会からも保存要望書が出されたが、急に状況が展開して行き壊された」と始まりました。
5月12、13日の建物調査は「壊すことを前提にするなら調査してもよい」という条件のもと、所有者であるリクルートコスモス(現・コスモスイニシア)は「調査の内容を漏らしてはいけない」「調査に入るのは市教委の文化財関係者に限る」等と、厳しい条件をつけて行われた模様です。
調査は2日間という時間的な制約から、レーモンド事務所にあった建物の設計図をもとに増改築部分の確認を中心に行われたということです。
対談では続いて、平屋建て住宅=1号棟、二階建て住宅=5号棟、それぞれについてプロジェクターで調査写真を映しながら説明が行われました。
東京湾を臨む崖側に位置する1号棟は、ほとんど計画どおりに施工されており、図面にはない居室1室が増築され、使用人室が改築されているものの、当時の様子がよく残っていたということです。玄関、居室、食堂、寝室、使用人室などについて、それぞれの特徴が述べられましたが、居間の暖炉はついこの前まで使われていたかのごとく残っており、「居室に入った時は感動した」と水沼先生。また、どの部屋の家具も素晴らしく、専門の住居学の立場からみても、収納の充実ぶりや大きな引き戸、建具の引手などが興味深かったそうです。また、広い暖房機械室があり、当時としては珍しい暖房設備の充実ぶりも確認されました。
小高い丘の上に建つ5号棟(二階建て)に関しては、もともとの図面から車庫の建設を変更した模様で、使用人室の上の2階には居室1室が増築されていました。建物は2階主寝室部分がせり出し、迫力のある外観となっています。5号棟も玄関、居間・食堂、厨房、使用人室、2階へと続く階段、寝室や浴室等について説明が行われました。ガラスが割れたりして、人が侵入した痕跡が残されているものの、当時の様子が比較的よく残っていたということです。
吉田先生からは「柱」にこだわった報告がありました。壁や間仕切りと関係なく「丸柱」が出てくるのにたいへん興味を持たれた様子で、部屋の中や廊下、浴室やトイレ、使用人室の押し入れの中にも唐突にコンクリートの打ち放し丸柱が出てくるのには驚いたそうです。コンクリートの柱はきれいに型枠に打ち込んでできており、施工はたいへんだったと思うとのことでした。吉田先生は柱を1本でもどこかに保存できないかと考えられたようですが、保存する場所もなく結局諦められたとのことでした。
ソコニーハウスは戦後まもなくの建築で、日本の建築史の空白期を埋める貴重なものであり、その後の日本の建築家の住宅作品にも大きな影響を与えたと言われています。調査写真を見るかぎり、保存状態は予想した以上に良く、所有者はなぜあのように性急に壊してしまったのか、改めてたいへん残念な気持ちが募りました。
対談に続き、「救う会」から解体に至る経過報告を行い、6月から7月にかけて2棟の社宅が解体される様子を撮影した映像も上映されました。最後に「なぜ救えなかったのか」を総括し、今後の展望を示し締めくくりました。
終了間際の質疑応答では、A.レーモンドの初期の作品として知られる東京女子大学で建物の一部を解体する計画があり、参加されていた「東京大学レーモンド建築 東寮・体育館を活かす会」の方より署名が呼びかけられました。また、報告会にはソコニーハウスの建設に携わった白石建設OBの方やスタンダード石油の元社員の方も新聞を見て参加されており、約60年近く前を振り返っての実感がこもった生の声は参加者の感動を呼び起こしました。
「救う会」では保存の対象となる建物が無くなってしまいましたので、今回の報告会&お別れ会をもちまして、一応の締めくくりにさせていただきます。
また、会の運動がきっかけとなって、戦後の建造物も保全の対象に考える方向へ動いていただいておりますので、会の活動を発展継承し、改めて横浜の戦後建築と景観を考える会を立ち上げたいと思っています。
しばらくお休み致しますが、また、近いうちにお目にかかりたいと思います。
「旧本牧スタンダード石油社宅とその景観を救う会」の活動は1年と少し、保存運動としては短い期間でしたが、ご協力とご支援ありがとうございました。
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