 |
|
Antonin Raymond(アントニン・レイモンド)
1888〜1976
|
1888年、チェコのボヘミア地方クラドノに生まれたA.レーモンドはプラーグ工科大学卒業後、アメリカへ渡る。1919年の暮れ、ライトの誘いに乗り来日し、帝国ホテル建設の仕事に従事。ライトが日本を離れた後も残って、レーモンド設計事務所を設立し、東京女子大や聖路加病院などの設計を次々に着手。その後43年間に渡って日本に住み、関東大震災、第二次世界大戦後の日本の再建に重要な役割を果たした。レーモンドは前川國男(神奈川県立音楽堂・図書館設計)、吉村順三(東京芸術大学名誉教授)ら、著名な日本人建築家を育てる等、後に「日本近代建築の父」と呼ばれた。
略歴
| 1888年 |
チェコのクラドノに生まれる。 |
| 1909年 |
プラーグ工業大学卒業。 |
| 1916年 |
フランク・ロイド・ライトの許で働く。 |
| 1919年 |
12月31日、帝国ホテル建設のために来日。 |
| 1921年 |
ライトの許を去り、「米国建築合資会社」をL.W.スラックとはじめる。 |
| 1926年 |
チェコスロバキア共和国在日名誉領事となる。 |
| 1941年 |
東京事務所閉鎖、帰国する。12月太平洋戦争はじまる。 |
| 1948年 |
10月、再来日する。 |
| 1950年 |
スタンダード石油社宅(通称:ソコニーハウス)建設。 |
| 1952年 |
A.I.A(アメリカ建築家協会) 名誉会員となる。 |
| 1953年 |
ソコニーハウスに対し、平沼亮三横浜市長より「BUILDING HONORED FOR THE YEAR OF 1953」が贈られる。 |
| 1956年 |
A.I.Aより、「The Medal of Honor」が贈られる。 |
| 1957年 |
A.I.Aより、八幡製鉄体育館の設計に対し「Award of Merit」が、聖アンセルモ教会に対し「First Honor Award」が贈られる。 |
| 1964年 |
勲三等旭日中綬賞受賞 |
| 1966年 |
日本建築家協会終身会員となる。 |
| 1976年 |
ニューホープで死去 |