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周辺の緑地・史跡散歩


本牧は江戸期より風光明媚な海辺の絶景地として多くの人に愛されてきました。今では、高度成長期の埋立で往事の姿とは変わったものとなっていますが、多くの緑地や歴史遺産が残されており、風致地区としてその景観・風致の保全がはかられています。

三渓園から、本牧市民公園、本牧臨海公園と連なる緑地に隣接して旧スタンダード石油社宅があり、その近傍にやはり古い洋館であるバーナード邸があります。その主な所を散歩してみましょう。

三渓園

早朝5時からの観蓮会、蓮の花を求めてもう多くの人がカメラを片手につめかけている。早起きは三文の徳。甘酒が半額だ!...。

原三渓が造った園内は、春夏秋冬、四季折々の 花が咲き、秋の紅葉も美しく、その時々の季節にあわせてこのようないろいろな催しがもたれて嬉しい。

また、 17.5万平方メートルの日本庭園には、自然の景観のなか、歴史的建造物が巧みに配されており、国指定重要文化財が10棟、横浜市 指定有形文化財が3棟ある。明治35年頃に原三渓が建てた自邸は鶴翔閣といわれ、修理・復元して、平成12年11月3日公開された 。

横浜上海友好園

本牧市民公園は三渓園に隣接した公園で昔の海岸線沿いの面影が残る。 東西に細長い遊歩道に沿っての散策が楽しい。 市民プール、テニスコート、野球場、陶芸センターなどがある。 上海横浜友好園は池の中にあり、休憩にも最適。 1989年、横浜市友好都市上海市より友好都市提携15周年を記念して上海市より贈呈された。独特の屋根を持った清朝様式の家具等を展示した「玉蘭庁」をはじめ池には、六角の屋根のあずまや「湖心亭」に曲橋や水上石灯篭などを配した中国江南様式の庭園である。

本牧市民公園

休日になると、サッカーやテニス、ランニングをする人たち、フリスビーで遊ぶ家族連れなど、さまざまな声に包まれる本牧市民公園。そんな公園の一角に蒸気機関車D51が黒い巨体を横たえている。旧国鉄の横浜機関区高島車庫で使用されていたものが転車台(ターンテーブル)とともに保存されている。時折、遊びにきた親子が運転台に上り、子どもを遊ばせている光景に出会う。

D51と言えば、1000両以上も製造された最も標準的な貨物用機関車。1936年に登場し、戦前から戦後にかけて日本各地を走り、「デゴイチ」の名で親しまれた。煙を吐いて進む姿は勇壮で多くの鉄道ファンを引きつけたものである。

 今や観光用などを除いて、姿を消して久しい蒸気機関車。公園のそばには産業道路が走り、港湾へ貨物を運ぶトラックがひっきりなしに行き交い、時代の役割を終えた蒸気機関車の姿とは実に対象的である。
「本牧の鼻」の今

産業道路を走ると、根岸方面から地肌を見せつつ断崖がひと山ふた山と連なっている。その先端に一際険しくそそり立つ崖がある。この付近は埋め立て前まで荒波が打ち寄せる海で、この突端の岬を「本牧の鼻」と呼んでいた。

例えば、江戸末期、初代・広重が描いた「富士三十六景」の一枚、「武蔵本牧のはな」には遠く富士山を臨み、手前に垂直にそそり立つ険しい崖が描かれている。

 また、こんな記述も残っている。1854年、ペリーが来航した際にはバッティラを漕ぎ寄せて、崖にペンキで横文字の落書きをしたのだという。その落書きを知らせる瓦版が残っている。ペリーは沿岸を測量して海図を作っているが、それにはこの崖を「Treaty Point」と記し、重要な目印にしていたということだ。今や本牧十二天から拡がる砂浜や海苔取りが盛んで海苔ヒビが並ぶ本牧の風景はないが、コンクリートで覆われた険しい崖から歴史の片鱗を感じ取ることができる。
本牧臨海公園

本牧市民公園に隣りあう小高い丘には本牧臨海公園がある。昭和30年代後半以降の埋め立てによって、眼前にはコンテナバースや製油所のタンクが拡がり、海までは距離はすっかり遠くなってしまったが、それまでは東京湾に突き出した断崖であった。晴れた日には遠く三浦半島から東京湾岸の工業地帯、千葉の木更津方面まで見渡せる見通しのよい所である。その眺望のよさ故に幕末には江戸湾防衛のため、鳥取藩の番所がここに配置されたし、戦時中には大砲が設置されたりもした。今では砲台跡に藤棚が置かれ、春には紫色のフジの花が咲き誇る。また、丘の上にふぐの碑もある。この碑は神奈川県ふぐ条例公布などを記念して建立されたものらしいが、海風に吹かれ、泰然と遠く眺めるふぐはひときわ異彩を放っている
八聖殿(本牧臨海公園)
本牧臨海公園の山頂から小径を少し下っていくと新緑に囲まれ、三層八角形の一風変わった建物に出会う。横浜市の八聖殿郷土資料館である。この不思議な雰囲気に包まれた建物は熊本県出身の政治家、安達謙蔵氏が昭和8(1933)年に法隆寺の夢殿を模して建てたもの。二階講堂にはキリスト、ソクラテス、孔子、釈迦、聖徳太子、弘法大師、親鸞、日蓮など、世界の八聖人の彫像を祀ったことからこの名がある。建立当時、詩吟大会が開かれた頃の賑わいはもはやないが、市の郷土資料館として、埋め立て前の漁業が盛んだった頃の本牧・根岸の歴史を伝え、周囲の自然と調和しながらしっとりと存在している。特に春、サクラ満開の頃の八聖殿は美しい。近くの三渓園ほどには人混みに紛れず花見ができる隠れ家的な場所となっている。
バーナードハウス

本牧臨海公園・こどもの遊び場の脇の小道を抜けていくと、白い瀟洒な洋館が右手に見えてくる。時折、ロケバスが止まり、美しいモデルが庭に立ち、撮影が行われている場面に出くわすこともある。

1923年、今から80年前に来日したJ.J.スワガーはF.L.ライトの弟子の一人であったA.レーモンドの会社で構造技師として働いた後に独立。カトリック山手教会、保土ヶ谷カトリック教会聖堂など、歴史的な建造物を数多く手掛けた。スワガーが関わった建築物が次々に解体されているところからすると、この建物は今や貴重な建造物と言えるだろう。この白亜の洋館「旧バーナード邸(Bernard House)」は、昭和12年に建てられたもので、緩やかな曲線の壁には窓が段違いに並び、煙突や玄関の飾りにも凝った英国チュダー様式風の美しい建物である。この洋館はJ.J.スワガー(Jan Josef Svagr)というチェコ出身の建築家が建てたものだと言われている。

 昔でいえば、八王子山の麓にあるこの洋館、すぐ近くの八王子海岸は昭和初期には夏になるとサマーハウスが並び、海水泳客でにぎわっていたという。もはや昔日の面影はないが、通りすがりにこの館の主であつたイギリス人貿易商バーナードさんの暮らしぶり想像してみるのも悪くはない。

旧本牧スタンダード石油社宅とその景観を救う会
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